映画『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』中途半端さを受け入れる

先日『イカとクジラ』を観た時に、ウィキペディアで同監督の作品と分かったので観てみた。なんでこのタイトルなのか意味が分からないが、ダメなコメディ映画かと思ったら、良作でした。

ノア・バームバック監督は好きかもしれない。

まだ2作しか観てないけど、人の弱さを描きつつ、なんとなく前向きな空気で終わるのが良かった。アレクサンダー・ペインに近いのかもしれない。でもアレクサンダー・ペインよりは少しカリカリしている。

 

クライマックスまでほぼ劇的な展開がない。本当にある日常っていう感じで、キャラクター間の関係は確かに進行していくんだけど、物語が動いてる感じがしない。

これは正直退屈でもあるんだけど、キャラクターの妙なリアリティで見てられるというか、むしろキャラクターをじっくり見せることだけにほぼクライマックスまでが使われているんじゃないかとすら思う。

その上で、クライマックスには友人との口論があったり、次世代との対話があったり、告白があったりして、終盤は密になっている。

 

僕はロジャーに物凄く感情移入できるかというと微妙なところで、分かる部分と分からない部分がある。

 

これは人生やり直し映画だ。

僕も履歴書に数年の空白期間がある人間なので、そのやり直しの気持ちは概ね共感できる。やり直しは、ある瞬間「これから頑張るぞ!」というポジティブな気持ちになれば、それで完全に踏ん切りがつくようなものでは必ずしもなくて、本当は絶えずタラレバに襲われる不安定な時間から始まるんだと、個人的な経験として思う。

そういう意味では、まさにその時間を過ごしているロジャーの悩みや葛藤に強く共感する。

だが、僕はまだ20代であり、どちらかと言えばロジャーが説教を垂れる次の世代側の人間なので、40歳でまた人生に立ち向かう気持ちは、よく分かるとはいえない。

 

そして、この「もういい歳」っていう要素は、ロジャーの苦悩の多くを生んでいる。ロジャーも20代、いや30過ぎぐらいであれば、もっと楽にフローレンスと恋愛できたはずだ。

これは「歳を取っていると前向きになりにくい」というような話ではなくて、やっぱり「もう中年だ」という自意識があると、自分にというより周りに対して責任を感じるというか、自分が若者を利用する形になってしまうんじゃないかっていう恐れのような、善意のような感情が壁になったりするんだろう。

特にロジャーのように、周囲の悪意(ガサツさ)に対して敏感な男であれば尚更、自分が同じことをして周りを傷つけないように、迷惑をかけないようにという気持ちが、自分の欲求より先行するのはよく分かるし、それによってなかなか勢いづけないもどかしさも分かる。

 

でも皮肉なことに、ロジャーはこの繊細さ、善良さ、自分に対しての厳しさが故に、逆に周りを傷つけている。

ロジャーの考え方は一応筋が通っていて、たしかに論理的である。だから、間違っているとは言えない。言ってしまえば彼は完璧主義者で、各所に対してクレームの手紙を書き続けている。

がしかし、世界というのは正しい場所ではないので、ロジャーの考えはそうそう簡単には通らない。

世界が正しくないのは悪いことだろうか、というと、それもまた違うと僕は思う。なぜならこの「正しくなさ」は、人の間違いを許容するが故に生じていたりするからだ。誰しもある程度の範囲で間違えることを許される。世界はそういう「間違い」と「許し」で絶えずうごめいているから、「正しい」という固定された状況にはならない。

そして、そういう世界の正しくなさに、ロジャー自身も救われたりしている。ロジャーも世間的に真っ当に生きてきた人生ではない。40で職なしで、交友関係も希薄。そういうある種の劣等感も、フローレンスとの恋愛を難しくしている原因のひとつなのではないか。

自分は正しく行動したいのに、世界はそんな自分を評価しないし、理解しない。世界は全然正しくなくて生きづらい。そんな考え方のせいで彼は精神的にきてしまったのではないかと、僕は彼を見ていて思った。

でもまあ、自分も間違えていいし、他人も間違えていいんだ、というぐらいの気持ちでいる方が、生きるのはずっと楽なんじゃないかと思う。

 

ロジャーがアイヴァンとケンカするシーンがある。

ロジャーたちはバンドを組んでいて、せっかく来たレコードを出すオファーをロジャーが断ってしまったというのが、ずっと引っかかっていて、それが噴出したケンカだった。

ここで、アイヴァンはロジャーを誤解していたことが分かるし、ロジャーもロジャーで自分の考え違いのせいでチャンスを不意にしてしまったという後悔を抱いていることが分かる。

ロジャーが言う「本当に実力があれば、もっと他のチャンスにも恵まれたはずだ」という見方は真っ当だ。だけど同時に、本当に一度きりしかないチャンスで成功か失敗かが決まってしまうことだってあるだろう。

あそこで契約さえしていれば上手くいっていた、少なくとも今よりずっと良かったと簡単に考えているアイヴァンは、たしかに浅はかなのかもしれない。しかしロジャーも、あれ以外オファーがなかったのだから、自分たちの実力はそんなもので、そうであれば成功できるはずがない、というひとつの考え方で思考停止している。

アイヴァンはロジャーに「俺はお前の悩みが少し分かるから、そういう事についてもっと話していたらお互い助け合えたかもしれないな」と言う。これは、お互いの間違いをお互いで許し合っていれば、もっと生きるのが楽だったかもしれない、という意味なのではないだろうか。

 

バンドが上手くいくうかどうか、という問題は、夢が叶うかどうか、という普遍的な問題だ。

これは、個人の能力だけでなく多様な要素が作用する。この多様さは、ひとりの人間が頭で考えて計算できる範囲を恐らく超えているから、そういうことは、本当にやってみないと分からないし、誰かの成功を真似できるようなものでもない。恐らくそれぞれの人生で試してみるしかない。

ロジャーは固定的に思考するから、デビューした結果として実力もついてくるかもしれない、という、結果と原因が連関し続けるような発想は持たない。彼はただ「今」という原因から「未来」という結果が生じるのだと単純に計算している。

「自分も変わるし世界も変わる」という視点、世界は絶対的なものじゃないんだ、という視点がロジャーには欠けているように思った。

 

そんな完璧主義で固定的なロジャーの相手役が、ふわふわと優柔不断で中途半端なフローレンスである。

象徴的な対比として、バンドに打ち込んでレコード会社から声がかかるところまで頑張りながら、完璧主義ゆえにそのチャンスを不意にしてしまったロジャーから見て、仲間内だけで盛り上がっているように見えるフローレンスのステージはどう見えただろうか。

マチュア丸出しで、身内受けで、ヌルいと思ったんじゃないだろうか。(でも、この歌ってるときのフローレンスが凄く美人に撮られている。)

 

ロジャーはフローレンスに魅力を感じつつ、「タイプじゃない」と話す。「ちょっと太いし。デブってわけじゃないんだけど」っていう、この言い訳がましさが、「いいんだけど、ちょっとなぁ」っていう感じが凄いリアルだった。

フローレンスがどタイプだったら、この恋愛はここまで葛藤のあるものにならない。それはルックスでもいいし、彼女のパフォーマンスでもいいし、性格でもいいんだろうけど、何か「どストライク!」というポイントがあれば、話はもっと簡単だっただろう。なにせフローレンスはロジャーと付き合いたがっているのだから。

でも、フローレンスって本当に絶妙に中途半端なんだ。いやホントに。

このキャラクターの作り方、キャスティングの上手さ、ストーリーの紡ぎ方、凄い良く出来てると思う。本当に中途半端。顔も角度によって美人に見えたり見えなかったり、性格も極端に優しいとかサバサバしてるとかでもないし、出会ったばかりの男とすぐ寝ちゃう。話してても面白いようなつまらないような、歌も良いけどめっちゃ個性があるわけでもない。キャラクター然とした「こういう人」っていう分かりやすい特性がない。

でも、ほとんどの人はそうだよね。

それで、ロジャーはこの「なんとなくタイプじゃない」彼女に惹かれてはいるわけだけど、彼女の中に決定打はない。だからアレコレ言い訳をして関係を終わらせようとするんだけど、それでもやっぱり一緒にいたい。一緒にいると良い感じ。

最終的にロジャーは、自分の方から歩み寄っていくという選択をする。

 

「こうあるべき」とか「自分にはこれがふさわしい」というような尺度を捨てて、彼女に対する感情にようやく素直になって、その上で「君のことが好きだよ」とやっと言える。

これはそれまでのロジャーに比べれば非論理的だ。自分が彼女に惹かれることを説明する根拠はどこにもない。どちらかと言えば、元カノの方が説明しやすい。(注文を取りに来ない店員に対する苛立ち方なんか、ロジャーそっくりだし。)

でも、素直な感情ではフローレンスに惹かれている。そして、ただ自分の感情に従う。

バンドのオファーを断った時、ロジャーは本当は嬉しかったし興奮したはずだ。にも関わらず、その感情を脇へ置いて、冷静に考えてチャンスを手放してしまった。

これこそがロジャーの問題であり、素直な感情よりひとつの思考に固着する性格がロジャーを立ち止まらせている。

今はまだはっきりしないものを受け入れる、「中途半端な」フローレンスへの自分の気持ちを受け入れることで、ロジャーは前進する。

 

フローレンスに対して素直になった後でも、ロジャーは新聞に投書が載ったことを喜んでいるし、フローレンスの部屋の絵をきっちり完璧に壁にかけようとしている。

その描写を観て、この映画で描かれた時間はロジャーの人生のある地点のひとつの展開に過ぎないのだという感じがした。これで全てが変わるわけでもないし、でも少しポジティブになれたっていうくらいの感じ。

ドラマチック過ぎないのが、とても良かった。

 

 

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