映画『宇宙人ポール』おっさんたちのスタンド・バイ・ミー

この映画は、SF映画ファンなら大喜びするような小ネタやパロディに満ち満ちているらしい。が、僕は全然そうじゃないので、そこに関しては本気で分からなかった。最後の『未知との遭遇』ぐらいだったんじゃないかな、分かったの。

それでも、コメディとして本当に良作なので面白かった。作り手が笑わそうとしたところで全部笑ったんじゃないかっていうくらい笑った。

 

だがしかし、感想を書こうと思うと困ったもので、「あのネタで笑った」というところを逐一書いていってもしょうがないし、じゃあ、この映画のメッセージとか、そういう側面で思ったことがあるかと考えると、正直それはないと気付く。

基本的に、ただポールを逃がすっていう話なので、特にキャラクターたちに葛藤があるわけでもないし、あってもサラリとしたもので、映画全体を通したドラマっていう形にもなっていない。

一応、敬虔なキリスト教徒が科学に目覚める話や、男同士の友情や、ぎこちない大人同士の恋など、ドラマ的要素はちゃんと入っているのだが、その辺はまあ、娯楽映画としてストーリーの為にやっといたのかな、くらいにしか感じなかった。

といっても、そこはそのくらいの感じでしっかり機能しているというか、例えばクライマックスでポールが「ここからは危険だから俺ひとりで」といった時に、「ここまで来たんだから最後までやるぞ!」と皆で団結したシーンは良かったし、だから、深さはないけど、別に深さを必要としている映画じゃないということだと思う。

ちなみに、この団結のシーンで、ルースが「We're all fucked!」と言うのがとても良かった。やっぱり、汚い言葉は団結の呪文だよな。というか、美人が汚い言葉を口にすると、とても魅力的なのは何故なんだろうか。

 

 

これは凄く純度の高いコメディ映画なんだと思う。だから、ドラマ要素はギャグを発生させるためにあるのであって、恐らくメッセージのためにあるわけではない。

ルースがキリスト教から科学へ改宗するのも、そこで宗教や科学について考えさせるためではなくて、ただただ抑圧されて育ってきた女性が急に弾けていろいろ面白い事をするのを描きたかったからなんだろうし、マッチョな白人男性2人に追いかけられるのも、アメリカの田舎の差別について深く描きたかったわけじゃなくて、ただ車を2回凹ませるという天丼をやりたかったからなんだと思う。

そして実際、これらの要素やキャラクターたちが、ドラマというよりストーリーとして凄く上手く繋がっていて、かつその中で自然とギャグが連打される。

 

例えばルースを連れ去る時にポールの似顔絵が落ち、父親がそれを拾う。それを追っ手のハガード捜査官が手に入れ、後にポールを見てビビりまくっている白人男性に見せることで、何も知らなかったハガードたちが宇宙人の存在に気付く。

こうやって、ちゃんとキャラクターたちによって情報がバトンタッチされていって、それによって関係性に変化が生じ、それがまたアクションやギャグにつながっていく。

怯えた白人男性2人は、ポールを見て2人とも気絶するのだが、そこでグレアムが「2人とも気絶したの?」とバカにするんだけど、これはポールの登場シーンでクライヴ1人だけが気絶するのが前フリになっている。

そして、クライヴは気絶したことでお漏らしをするのだが、これは後にポールを追って現場に来たゾイルが、そのおしっこを舐めるというギャグに繋がる。と同時に、漏らした臭うパンツを車の中で見つけられたことで、ポールを助けているとゾイルにバレたりする。

こんな感じで本当に、絶妙にいろいろな要素がストーリー上で絡んでいて、とにかく良くできていて感動する。

クライマックスで、あるどんでん返し的な展開があるんだけど、どう考えてもご都合主義なミスリードがあって、「いやいや、さっきはゴメンねじゃないよ!」とツッコまざるを得ないんだけど、しかし同時に、ストーリー全体としてこれだけ良く出来てると、それすらもギャグなんだろうと納得できるというか、これも何かのパロディなのかな?と肯定的に見ざるをえない。

いや本当に、ストーリーの大筋としては、ただポールを運ぶだけの話だし、かなり後半まで追っ手との接触もなくて、ポールたちと、その痕跡を調べる追っ手のシーンが交互に続くだけなのに、よくこんなに面白くできるなと。

で、その面白さが、ドラマやロマンスじゃなくて、ほぼコメディに拠っているのがまた凄い。コメディのためのドラマであり、コメディのためのロマンスであり、コメディのためのストーリーという感じ。全てのシーンで何かしら笑わされたと思う。

 

 

そして、キャンピングカーに乗った旅という非日常感と開放感が、夏休みの冒険っぽくて楽しい。バーベキューしながら踊ったり、焚き火を囲んで大麻を吸ったり、全員いい歳なんだけど、青春してる。

最後に、壮大な感じでUFOが去った後、残されたクライヴたちをポツンと写すシーンを挟んでいるんだけど、そこでクライヴが「いやヤバかったな。凄かったよね?」と周りに言うのが、なんか凄まじいギャグだった。まさに映画を観ている観客たちその物だった。

いや、でも余韻って、客観的に見たらああいう感じだよねっていうリアルさがあって、ズッコケさせるんだけど、でもそうだよねっていうか。駅のホームでメチャはしゃいでた高校生グループの1人だけが電車に乗ってきて、電車が走り出したら急に静かにしてるみたいな、そういう哀な感じ。

そこまで含めて、「夏休み・・・終わったな。」という感じがして面白かった。

 

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あと、映画とは関係ないけど、「余韻」について。

NETFLIXだと、映画が終わってクレジットになると勝手に画面が小さくなって、「こちらの映画もオススメ」的な画面に移ってしまうんだけど、これ本当にやめてほしいんだ。浸ってるから。こっちはまだ余韻に浸ってるから。

これ、一応アンケート的なやつでも要望として書いたし、もしかしたら僕が設定の仕方を知らないだけなのかもしれないけど(そうだったらいいんだけど)、そうじゃないなら、本当にやめてほしいんだよ。

これはUXとして間違ってると思う。本当に。これがデフォルトは間違ってると思う。

ラーメン二郎で食後満腹の時に、「こちらのラーメンもいかがですか?」って言われても「アホか!」ってなるでしょう。そういうことをしているんだよNETFLIXは。

映画は時間かけて観るものなんだから、「これ観たついでにこれも観るか」ってなる人の方が少数派だと思うんだけど、どうでしょう。もし「次の機会に観るか」っていうんだったら、次トップ画面に行った時に「前に見た映画の関連作品」で出すとか、メールでおすすめするとか、いろいろあるじゃん。

なんで、鑑賞後のあの良い気持ちの時にそんなことをするんだ。