アニメ『リトルウィッチアカデミア』王道と時事ネタ、エンタメとテクノロジー

タイトルと絵の雰囲気につられて、恐らく自分はターゲット層ではないだろうと思いつつ観た。これが、なかなか面白かった。

もうちょっと日常系な、何も起きない感じだと思って観たんだけど、前半はアッコの成長を軸としつつ、落ちこぼれが頑張る王道ストーリーで、後半は悪役が出てきて最後に皆で協力してそれを倒す、これもまあ王道っぽい話だった。

 

第一話で、アッコが特別な杖を手に入れ、かなり高度そうな魔法を使うというシーンがあって、「ああこれは、主人公に特別な才能がある的なやつか」と思ってガッカリしたんだけど、基本アッコは本当に落ちこぼれで、そのままストーリーが進んでいくのが、とても良かった。

アッコの単純さ加減は、多分、実写だと受け入れがたい気がするから(凄いイライラしそう)、こういうキャラクターの魅力はアニメならではかなぁ、と思う。そして、ラストはこの単純さ、ノープランさゆえに問題を解決するという奇跡が起きている。

いや、こういうことは本当にあると僕は思っていて、計画段階でムリと思われても、それはその段階でのリソースで考えているわけで、行動することによって生じる変化はあるから、やり始めたら意外と上手く回っていくっていうこともある。ビジネスや政治がこれではダメかも知れないけど、個人レベルではこういうことはあっていいと思う。

 

このアニメの世界の中で、魔法が古臭くて廃れかけている文化として描かれているのが面白いと思った。

これは伝統芸能とか伝統工芸とか、そういったもののメタファーになっているのかな。そういう意味でアニメ中で何度か繰り返される「なんで今時魔法なんてやってるの?」という質問は、どうしてハイテク大量生産できる時代にローテクの工芸品を作るのか、みたいな視点を含んでいる。

もしくは、テレビや映画、分かりやすいお笑い番組やバラエティに対する、落語や能とか歌舞伎とか、そういったエンターテインメントという構図かもしれない。

そして尚且つ、アッコが憧れているのは、そのマイナーな伝統の世界でもさらに見下されている、一発芸人的な魔法使い(ということに世間的にはなっている)で、だから、マイナーのさらにマイナー。

そういう意味で、どうしてもマイナーな物に強く惹かれていたり、ある種の被差別ジャンル(アニメもそういう側面があると思うけど)が好きな人は、アッコの熱意に共感できるのかもしれない。

アッコは自分が魔法によって感動させられたという記憶、憧れだけで魔法学校に来ている。公の実用性ではなく、個の感動。

変な話、本当に面白いエンターテインメントの多くは結局マイナーなのかもしれない。メジャーになってくると最大公約数的になっていかざるをえない場合もあるだろうし、目配せの余り深い内容を込めづらいのではないか。人を行動に駆り立てるくらい強いものは、刺さる人は少ないけど、刺さる人にはとんでもなく深く刺さるようなものなのかもしれない。

しかし、そういうものが、パッと突然メジャーになったり、多くの人に届いたりするのもあることで(NHKのダイオウイカ的な)、結果としてはそれが一過性のものとして終わっても、それによって誰かの人生を変えたりすることはあるだろう。多くの耳目を集めても誰も変えないものより、少数にしか届かなくても誰かを変えるものの方が凄いのかもしれないし。

というのは、アッコの熱意を見ていて僕が勝手に感じたこと。

 

 

落ちこぼれアッコの成長譚として、ホントに王道。王道っていうのは、なんというか、嫌な言い方で言えば「正しい」っていう感じ。世の中そんなに上手くは行かないだろうが、でもまあ、正しいよねっていう感じ。そして、その「正しさ」は皮肉ることはできても否定しようはないかなっていうか、こういう単純な正しさもあっていいと思う。

第6話で、アッコがある場所へ行って、魔法が使えるようにと祈るエピソードがあるんだけど、魔法が使えるようにはならず、代わりにアッコの憧れの魔女の学生時代の映像を見せられる。

そしてアッコは先生に、「私はここに来れば魔女として認められると思ったんだけど、誰かに認められるとかじゃなくて、自分で努力して成るものなんですね」って語るシーンがあって、そこはなかなか感動した。というか、何にでも通じる話だよなぁ、と思った。

アッコはそれまで、ほうきに乗れないから勝手に飛ぶほうきに乗ろうとしたり、授業を真面目に受けていなかったり、夢を語るわりには安易な方に進んでいる感があって、それはまあアニメだからギャグとしてそうなのかと思っていたら、実はここに向けてのことだったんだなぁ、と。

そして、最終的には、この「憧れ」からも脱皮して、「自分は自分」というところまで成長を描いていたのも個人的に良いと思った。

ただ物語的には、7つの言の葉という呪文を集めつつ、アッコが成長するという形になってはいるんだけど、そこに関しては弱かった気はする。例えば「忍耐」の呪文を学んでも、やっぱりアッコが忍耐強くなったとは思えないし、まあ、これはストーリー上の通過点ぐらいに思って見た。

 

 

「夢」をテーマとしたアッコの挑戦のストーリーがある一方で、このアニメ、時事ネタを多く含んでいて、株で儲けてるドラゴンが出てきたり、契約書をちゃんと読んでいなくて学園が借金まみれになっていたり、炎上がキッカケで書くのをやめようとしている作家を元気づけて創作の楽しさを思い出させたり、スーシィの脳内に入ると、スーシィが自分の中の「イケてる」側面を処刑しているシーンがあったり、そういう「今っぽい」モチーフがちょこちょこ出てくる。

スーシィの脳内処刑に関しては、実は人は誰しも自分の一部を押し殺しているし、絶えず自分の中に生まれる新しい性質に翻弄されていたら世の中おかしくなる、という結構説得力のある話に繋がっていて面白かった。『インサイドヘッド』の簡易版的な感じもあった。

 

それで、後半の悪者退治のストーリーも、この時事ネタを取り入れた形になっていて、魔法学校にホリエモン的な先端的な先生がきて、この人が悪巧みしているっていう話になっている。(ホリエモンディスじゃないよ)

その悪巧みが、SNSを使って、皆のヘイトを掻き立て、そのエネルギーを集めて魔法に使うという、キュゥべえ(『魔法少女まどか☆マギカ』)と『モンスターズ・インク』を足して2で割ったみたいなことを試みている。

結果的にこのエネルギー装置兼ロボットみたいなヤツが暴走して、その後始末をアッコとダイアナがやるんだけど、この最後の戦い方が『サマー・ウォーズ』になっている。

このヘイトの周辺的なエピソードとして、日韓、もしくは日中を明らかに意識したような風刺も出てくる。サッカーの試合でうんぬんはリアルにあった話だし、今見ると「どこに落ちるか分からないミサイル」という設定も、妙なリアリティがある。

リアリティがあるといっても、政治批判としては、まあ一般的なことを言っているにすぎない感はあって、個人的にこの程度ならそういう要素を挟まなくてもいいのでは、とは思う。安易に政治家を悪者にしている感があって、中途半端に国家という規模まで出してしまうと、逆に薄っぺらに感じる。

結局、ヘイトな感情を起因として悪化した国際関係が最終的にどうなったかは、ミサイル騒動でうやむやにされて、その後は描かれていないわけだし。そこフォローしないのに国際関係の話を出すのはストーリーとして不誠実じゃないか。

ただ、「魔法」を「エンターテインメント」とか「テクノロジー」のメタファーとして捉えるなら、軍事・政治利用(プロパガンダ、兵器)より平和利用すべきだよねっていうレンジを出す為に、そういうモチーフを描く意味はあったのかもしれない。

 

そういう話はさておき、前半はアッコとロッテとスーシィの3人グループの学校物だったのに、後半はアッコとダイアナのバディ物になっている。

で、このダイアナがなかなかにアツいキャラクターで魅力的だった。

ダイアナは前半では、キツイ優等生でありつつも、「こいつ悪いヤツじゃないな」と思えるように終始描かれていたので、後々活躍するんだろうなっていうのはあったんだけど、結局、ダイアナはアッコの上位互換であり、クロワの上位互換みたいなところがある。

アッコの落ちこぼれから夢を追う努力をダイアナも昔しており、かつクロワの選ばれなかった悔しさもダイアナは経験している。そしてそれを乗り越えてイイ奴になっているというのは、ちょっと完全無欠すぎるかもしれない。

 どうでもいいけど、最後の後日談で、ダイアナがワンパクっ子のアマンダと同じテーブルで紅茶飲んでるのがとても良かった。

 

 

魔法というモチーフにせよ、こういう世界観にせよ、こういうキャラクターたちにせよ、やっぱりアニメならではだと思う。アニメに興味ない人にまで薦めるほどではないけど、特に時事ネタを使って一味出そうとしている感じが面白かった。