RHYMESTER『Just Do It!』ベタとライムス的外し

これは復帰アルバム『マニフェスト』の後、2011年にリリースされたアルバム『POP LIFE』の3曲目に入っている最初のズッコケ曲。このズッコケさせるバランスがライムスターの良さだなぁ、と思う。

『POP LIFE』というアルバム自体、最後の曲でズッコケさせるし、この『Just Do It!』単体で見ても、「俺が!俺が!」のセルフボースト(いわゆる自己賛美)かと思いきや、「いやまあ、まだその時じゃないかな〜」的な及び腰になっていたりしてズッコケさせる。

「ラップとかちょっとイカツくてなぁ」と思う人でも『POP LIFE』は結構聴きやすいんじゃないかと僕が勝手に思うのは、この外しの部分というか、ラップ的表現自体をラップによって相対化して見せていくような曲が多いように思うから。

『Hands』とか『Walk This Way』のような良い曲・前向きな曲もあるし、いいんじゃないかなぁ、と勝手におすすめ。

 

冒頭からMummy-Dによるファーストヴァースまでは、わりとイケイケな感じで、セルフボーストな感じで進む。テンポも良くて、「やれば黙らすノン・ビリーバーズ」など、普通にイカツい感じ。でも、最後の締めで、このイカツさがちょっと揺らぐ。

 

天と大地がひっくり返ろうが
嫁と子供が実家に帰ろうが
俺はやるぜ やるぜ やってやるぜ
今にやるぜ デカい事をな

 

「天と大地」というセルフボーストっぽい大仰なモチーフを出した後に、「嫁と子供」という物凄いスケールダウン。まさに身の丈「ライフ」な存在にスケールダウン。

そして、「やるぜやるぜ」と連呼した後で出す、「デカい事」という凄い抽象的で信用度が失墜するワード。「あ、これ、結局やらない奴がよく言う単語じゃないですか」というツッコミを誘う単語選び。

いや、だがしかし、ここまではまだ普通にセルフボースト感だと思う。「嫁と子供」に関しては誰しも外しだと感じると思うが、「デカい事」に関しては、まあ確かにデカいことなのか、と納得する余地はある。

 

次の宇多丸によるセカンドヴァースは、完全にこの揺らいだイカツさを引き継いで始まる。このセカンドヴァースは、まさにファーストヴァースを相対化していくような、イカツい(堂々とした)調子で、及び腰でイカツくないことをネチネチ言っていくというヴァースになっている。

 

いわゆるひとつの時期尚早
もう少し待てば運気も上昇
なら敢えて退くのも一種のやる気
なんじゃないでしょうか?!と釈迦力
『だからやれ・・・・・・』って怒るなよな~
今やろうと思っていたのになあ

 

これがセカンドヴァースの最後だが、全部の行が言い訳になっている。

まさにファーストヴァースで出た「デカい事」とか言い出すやつの胡散臭さを体現したセカンドヴァースになっている。

でも、これだけだったら、ただラップやセルフボーストを皮肉ってギャグにしただけの曲になってしまう。しかし、セルフボーストにはセルフボーストのカッコよさがある。この曲が良いのは、またセルフボースト的なカッコよさに回帰していくこと。

 

さあ、いざ「やる」ってまでは入れない本腰
やらざる事まるで山の如し
だが、やるとなれば猿の如し
ついやり過ぎちまうくらい仕事し

 

これが次の宇多丸ヴァース。1、2行目で、セカンドヴァースの「結局やらないやつ」を引き受けつつ、3行目からはそれを反転させて、「でもやる時は本気でやるよ」という展開になっている。

いつも熱血なカッコよさもあるけど、普段ダメダメなのに、ここぞという時に能力を発揮するカッコよさもある。そういうカッコよさになっていると思う。

leccaとのフィーチャリング曲『Sky is the Limit』のMummy-Dのヴァースで「行動だけはしないヤツが行動すりゃ間違いないはず」というラインがあるけど、そのリリックを想起する。

そしてこのヴァースの最後が

 

「いつかやると思ってたよォ~」
とかマジでナシだぜ 後出し

 

で終わるのもライムスターっぽいというか、絶えず外野と戦ってる感。『ウワサの真相』における「外野の野次は聞くにほとんど値しない」や、『サバイバー』における「無礼だった連中も時間かけて征伐」的な、そういうスタンスを感じる。

 

そして最後の締めのMummy-Dヴァース。

 

何かしそうでしなさそうなこの顔が
何かしでかす男の顔だ
俺は為すぜ 為すぜ 成して 成して
成し遂げるぜ 何かをな

 

最後ホントにズッコケさせる。「何か」!

「デカい事」より後退している!ここ本当に好き。なんかこう肩をすくめている様子が目に浮かぶのだが、もう開き直ってんな、という雰囲気。

 

この曲は、最初にセルフボーストから入って若干揺らぎ、そしてセルフボーストに対する茶化しが入り、そこからまたセルフボースト的カッコよさに戻っていき、最後の最後でまたバナナの皮を踏む的な展開になっている。

このバランス感がライムスターの魅力だと思う。

この曲は、ライムスターのそういう側面がかなりデフォルメされているんだと思うけど、ライムスターはわりとこう、熱くなりすぎず冷めすぎずみたいなリリックを書く人たちだと思っていて、僕はそこが好き。

『H.E.E.L.』という曲で「目に隈取・片手に凶器・邪悪なテーマ・隠し持つ正気」というラインがあるけれど、そういうバランス。熱いことを言う姿勢は取りつつ、根っこの冷静さはキープするみたいな。

その姿勢をデフォルメされた形でポップにやっているのが、この曲かなと思う。