日本語ラップ『B-BOYイズム -RYMESTER-』ヒップホップ精神とは?

別に映像作品だけに対象を限定する必要もないので、普段聞く音楽の感想も書いてみようと思う。

カテゴリーは「音楽」ではなく「歌」とした。というのも、音楽自体には別に詳しくもなく、言葉にできる能力がゼロだし、音楽に関する僕の感想は95%は歌詞についてであろうから、そうした。

 

 まず、ライムスターの『B-BOYイズム』(1998年リリースらしい)。

そもそも、歌の感想を書こうと思ったのは、ライムスターについて書きたかったからなので、彼らの代表曲(最近は『K.U.F.U.』かもしれないが)でもあり、僕が初めてライムスターを認識した曲でもあるので、この曲から。

 

僕の中では、ほぼ「B-BOYイズム」=「ヒップホップ精神」のことだと思っているのだが、そもそも「ヒップホップ」という言葉は何を指すのか。

いや、あまり言葉の定義に入り込む気はなくて、それは各々が自分にとってのヒップホップを考えればいいのだと思う。般若も“ヒップホップ自体定義はねぇだろ(『Fuck Swag (REMIX)』 -KOHH feat. ANARCHY, 般若-)”と言っているし、ZORNいわく“洗濯物干すのもHIPHOP(『My Life』 - ZORN-)”らしいのだ。

そもそも、定義とは線を引くことだ。

そうやって権威的(有名なラッパーだからとか)な線の引き方をしないところが、ヒップホップの良いところなのではないだろうか。ベテランも若手も、プレイヤーもリスナーも、皆がそれぞれの定義を持っていて、「俺のヒップホップはこれだ」「お前はフェイクだ」と言い合いながら、多くの共感や感動を生むものが認められていくというような。そういうボトムアップな良さがヒップホップにはあるのではないかなぁ、とか、僕はボンヤリ思っている。

なので、敢えて定義しないことは大事だと思うから、一般的な定義を試みる気はない。

 

ただ、「僕にとってのヒップホップ精神」は、ほとんどライムスターから吸収したものである。そして、『B-BOYイズム』の中に登場する彼らの考え方は、最近の曲まで、本質の部分は変わらずに残っていると僕は思っている。

 

 

まず冒頭かつサビ

決して譲れないぜこの美学 何ものにも媚びず己を磨く
素晴らしきロクデナシたちだけに 届く轟く ベースの果に
見た 揺るぎない俺の美学 何ものにも媚びず己を磨く
素晴らしきロクデナシたちだけに 届く轟く ベースの如く

これでもう、だいたいヒップホップ精神の説明は以上。「媚びない、怠けない、譲らない」である。ヒップホップというとチャラチャラしたイメージを持つ人も多いかもしれないし、実際そういうヒップホップ精神もあるのだろうが、僕にとってのヒップホップ精神はとりあえずコレである。

 

そして、この3つの要素が、この曲全体の中で反響しながら進んでいく。というか、ライムスターの曲全般でこの3要素は反響し続けているのではないか、というのが、僕の所感なんだけど。

 

 

では「譲らない」部分はどこだろうか。

 

最初のサビの後、Mummy-Dのリリックが続くが、その中に

目クソ鼻クソのカテゴライズ 耳クソの価値もない(Mummy-D

というラインがある。

ここで「カテゴライズ」という言葉がどういう意味で使われているのか、正確には分からないが、少なくともネガティブな意味であることから推察すると、「型にはめた決めつけ」的な意味だと僕は解釈している。

というのも、これはライムスターのこの先の曲にもずっと続くのだが、ライムスターは「日本語でラップをする」という呪いを抱えながらラッパー活動を続けている。

僕がラップを聞き始めた頃にはあまりそういう空気はなかったし、今でこそラップも当たり前だが、「ラップは黒人のもの」「日本語でラップとかダサい」とかいろいろな偏見もあったそうで、始めた当初はいろいろ悔しい思いをしたようだ。

ということで、その後の曲でも『噂の真相』とか『Born to Lose』、『ガラパゴス』など、最近になってもそのアンチに対するディスが入った曲は脈々と作られている。

これから少し後のリリックでも

よく見ときな最後にはどちらの勝ちか(宇多丸

という部分がある。これもアンチに対する押し返しだし、『サバイバー』(これは15年後の2013年リリースのアルバムに入っている)という曲に繋がるところだと思う。いや、『サバイバー』では最後に勝ち負けを超えた尺度が提示されるので進化しているのだが。

なんにせよ、こういったところが「譲らない」の部分だ。

 

 

では「怠けない」は。

 

これも冒頭のサビが終わったところで言えば、

だから語り明かそう 赤子同然の若造
はぐらかそうとか茶化そうとせずに
さあ寄ってきな 丸出しの志 語るセミナー(Mummy-D

このあたりの「はぐらかさない」「茶化さない」というワード。そして中盤の、

なにせ行く手はえらく遠距離
足跡からも学ぶぜ謙虚に(宇多丸

これは端的に「怠けない」のリリックだろう。僕が宇多丸リリックで好きなのは、先人たちの偉業を前のめりで評価しているところだったりする。映画批評なんかもしているし、凄く勉強家なんだろう、ということが端々から伝わってくる。

これは、最近の代表曲でもある『K.U.F.U.』でも変わっていなくて、「ご先祖達の探求」とか「うんちくや説教」とか、そういうワードをポジティブに出してくる当たりが最高だな!と思う。

『K.U.F.U.』はMummy-Dのダダダダダッと走っていくラップもカッコいいのだけど、そこでの結びも“俺にもできる 言ったな坊主 許しはしないぜ 三日坊主”になっていて、「赤子同然の若造〜」からの繋がりを感じる。

 

 

そして「媚びない」。

 

僕がこの曲の中で一番好きなラインは、ここなのだが、

欲得超えた痩せ我慢 Yeah そこにこそこだわるぜ 'cause I'm the man
渋滞続くHigh Way 尻目にMy Way 行くぜこのまま寝ないで(宇多丸

つまり、「媚びない」とは「自分の道」を進むということだと思う。自分の「道」は、自分の「価値観」「感性」「覚悟」「情熱」などと言い換えてもいいかもしれない。

このラインの中で、僕は特に「欲得超えた痩せ我慢」という言葉が好きだ。もし誰かに「ヒップホップ精神を一言で」と言われたら、この言葉を返すと決めている(誰にも聞かれないだろうけど)。痩せ我慢っていうのがいい。

Mummy-Dリリックになるけれど、例えば『ガラパゴス』の中でも「ハイリスク・ローリターン」とか“損か得かだけで動くお前にゃ奪えやしないんだ”というところがあって、「痩せ我慢」ってカッコいい、となってしまう。

 

また、「自分」ということにフォーカスした部分で言うと、

ただそれだけ 命がけで守る
イビツに歪む 俺イズム
のイビツこそ自らと気付く(Mummy-D

というリリックもまさにそうで、さっき、宇多丸リリックをMummy-Dリリックにバトンパスしたから今度逆をやると、leccaとフィーチャリングした『Sky is the Limit』という曲のリリック、“人と違う自分にドン引き だがそのポイントこそ君の武器 振り切っちまえば師匠の域”というリリックを想起せずにはいられない。

 

この「自分」というモチーフはライムスターだけでなく、ラップ表現全体で大事な価値観だろう。(詳しくないけど、俺様的なヤツを「セルフボースト」というそうですよ。)

こういう部分は、ラップを聴かない人からすると引いてしまう部分なのかもしれないし、過剰にナルシスティックに響いてしまうのかもしれないけれど、いや、違うんだよ、と僕は弁護したい。

ナルシズムというより、これはプライドと覚悟なんだと僕は思っている。皆が当たり障りなく、上手いことやっていく。自己防衛の為のテクニックとしての謙遜をしている。そうじゃないだろ!というラッパーの気持ちなんだと僕は思っている。自分は本当に思っていることを言う。矢面に立って中身のあることを言う覚悟。

“ワケがあんだよ!このデカい態度は!(『噂の真相宇多丸リリック)”である。

 

と、つらつら書いてたら長くなってしまった。

ライムスターのエッセンスは『B-BOYイズム』にあると僕は思っているから、敢えて違う曲のリリックもいろいろ引っ張ってみた。

ライムスター、いいですよ!

アルバムだと『POP LIFE』か『Bitter, Sweet & Beautiful』なんかが聞きやすいんじゃないかと個人的には思いますよ。