映画『ブルージャスミン』彼女はどこでも間違っていないのかもしれない

身勝手な男とバカな女ばかり出てくる映画。というのは、ちょっと乱暴だろうが、でもそんな映画だと思った。

ただ、これ観て凄かったのは、そんなキャラクターたちにちゃんと共感してしまうような、「しかたない!」と思えてしまうような心持ちに、自分がなってしまったことだった。

 

主人公のジャスミンは、もう乗っけから嫌な女として登場する。飛行機で乗り合わせた赤の他人にひたすら自分語りをしている。高級品を見せびらかし、お高くまとまった嫌な感じ。そう言ってしまえばそうなのだが、「嫌なヤツ」という以上に、ちょっと「ヤバイ人だな」というのがオープニングで分かる。

この人は精神を病んでいる。ひたすら薬を飲み続け、ストレスが溜まるとボーッと過去に沈殿して独り言をしゃべっている。ミゼラブルウーマンである。

 

嫌な女なのだが、だが可哀想だなぁと思うところもたくさんあって、ちょっと共感したりもする。そうこうしている内にジャスミンは自分勝手に明らかな嘘をつき始めたりとか、性格が悪いでは済まないような行動も取り始めて、でもそれも結局うまく行かず、みたいなストーリーになっている。

とにかくタイトル通り、ジャスミンがブルーになっていく映画なのだが、「嫌なヤツが不幸になっているからいい気味だ」と感じるかというとそうでもない。

それよりも、「でも、この人はこうならざるを得なかったんだろうなぁ」というような納得感というか諦念というか。じゃあ、どこまでジャスミンの人生を巻き戻せばこの事態を避けられたんだろうか、というような感慨に浸ってしまう。

 

僕は(恐らく多くの観客と同じく)、ジャスミンみたいな人は嫌いなのだが、彼女の孤独感には共感できた。全然自分とは価値観の違う世界の中に閉じ込められてしまった辛さは、ただただ可哀想に思えた。

いや、分かっている。こういう状況になったら、ジャスミンの方から皆に歩み寄っていくべきだ。あんな高慢ちきな態度を改めて、しっかり自分を見つめ直し、また人生をやり直すべきだ。

ただ、ジャスミンにすぐそれを期待するのは酷な気がする。

これが、ジャスミンの人生をどこまで巻き戻せば・・・という考えの元だ。彼女の性格は、もう彼女に染み付いている。つまり意地悪だとか、性格が悪いだとか、そういうレベルではなくて、もう彼女の自我として高慢ちきなのだ。

他人は簡単に変われと言うだろうし、周りから見てれば、何でそんな面倒な考え方をするんだ、と思うだろう。でも恐らく、その面倒なところこそジャスミン自身にとっては譲れない自我であって、全てを失っても握りしめている最後の自分なんじゃないか、という気がする。

 

誰だって、これだけは譲れないっていうラインってあると思う。

例えば、「どんなに欲しくても他人の物を盗まない」というラインがあったとする。これは社会的にも認められるし、一般に善いと思われるから、ある人がその信念を守って餓死したら、だいたいの人は納得してしまうだろうし、それは美談にすらなるだろう。

ジャスミンの場合は、そのラインが周りから見たら「なんで?」と思うようなラインだったというだけだ。あまり社会的な承認が得られないような、大多数が納得してくれないようなラインを、ジャスミンは持っていた。

でも、ラインの重さは個人にのしかかってくるのだから、「餓死するくらいなら人の物を盗みなよ」というのが難しいのと同じく、「そんなプライド捨てなよ」と簡単には言えない。それを簡単に言ってしまうとすれば、それは自分が多数派にいるということを全く意識していないからだろうし、自分と全く違う価値観に対する想像力がないからだろう。

このジャスミンのラインの意味を、ジャスミン以外の多くの人は分かってくれない。僕も分からない。ジャスミンのラインは大多数の人に共感されるようなラインではないから。だから彼女は孤独で、その孤独がさらにジャスミンの高慢さを生み(恐らく、「自分は周りとは違うのだ」という孤独を肯定する言い訳として)、彼女はますます孤独になっていく、というスパイラルに入ってしまっているように僕には見えた。

 

実際、この映画のキャラクターたちは、しょうもない人たちばかりだ。

妹のジンジャーは優しい人だが、ちょっとイイ男を見つけるとそっちに乗り換え、そっちに裏切られるとさっさと元の男と同棲を決めて笑ってるような女である。

男どもは、ヤリたいだけの身勝手男や、勘違いセクハラ歯医者は最悪としても、妹の彼氏と元夫、その友達、良い奴らだけど、ちょっとなぁ、という感じである。

ジャスミンの立場に立てば、この人間関係の中に無邪気に入っていくのは酷だろう。

 

ジャスミンは再会した息子に「一番いて欲しかった時にいなかった」と言う。これは息子にも言い分や感情があるから、単に息子が悪いわけではないのだが、彼女が一番辛い時を孤独に乗り越えなければいけなかったのは事実だろう。

そういう状況であるから、嘘をついてでも、とにかく誰か安心して一緒に入られる人とくっつきたい、という気持ちにもなんとなく共感してしまうのだ。その瞬間のジャスミンに、正直である強さまで求めるのはかなり困難な注文だったんじゃないか、と。

それが正しいというのではない。ジャスミンの立場に立てばそう考えるだろう、と納得してしまうということだ。

映画っていうのは、そういうパワーがある。

 

ジャスミンは、「彼女は良い遺伝子を持ってるのよ」と言う妹に対して、「遺伝子で片付けんな! あなたはそうやって自分を低く見積もってるから、いつまでもダメ男とくっついてるのよ!」と怒るシーンが有る。

これ、ジャスミンが言っているから、なんか意地悪で高慢に聞こえるのだが、生まれやなんかじゃなくて、気持ちを高く持って生きよう、という主張自体はけっこうマトモである。

最初、口だけかと思っていたら、嫌々ながら歯医者の受付で働き、パソコンの勉強もトライしている(将来計画自体は子供じみているとはいえ)。こういう姿を見ていると、ジャスミンってほとほと救いがたい人間ではないんじゃないだろうか、と思う。

だから、このジャスミンの高慢ちきな性格自体も、もしかしたらその元は高潔な信念から来ているのかもしれない、と思わされたりもするわけで、そうなると、どこで間違ったのか・・・。となってしまう。

いや、どこでも間違ってなかったのではないか。

 

ジャスミンは、その他大勢と比べて、何かが決定的に間違っていたわけではないのかもしれない。人並みに自分にプライドを持って生きていただけなのかもしれない。

でも、生きていく上で、誰かと出会ったり、成功したり失敗したり。それが何やらいろいろ絡まって、ある価値観に落ち着いていって、それがポシャって、で、ああなってしまったのかもしれない。全く同じ人が、上手く高貴に一生を終えることだってあったのかもしれない。

僕はそんなことを考えながら、最後のブツブツ言うジャスミンを見送った。