映画『笑の大学』

基本的には面白かった。ただ最後の30分がちょっと。僕は舞台は見る習慣がないので、映画化してくれたお陰で、この作品を見られたのだから、個人的には映画化してくれてよかったと思う。

とにかく役所広司演技上手すぎ、ってのが一番大きい感想。『笑いながら怒る人』ができるのは竹中直人だけじゃなかった。稲垣吾郎の演技を批判する人も多いけれど、僕はあんまり気にならない。

もちろん、ややわざとらしかったりするのだけど、そもそも、この映画はリアリティの高い映画じゃないし(だって「何日目」というポスターが街に貼ってあるし、街の様子もあえて作り物っぽい)、あくまで寓話のような映画だと思えば、わざとらしい演技はコメディ要素として別にかまわないんじゃないかと思わないでもない。

「わざとらしさ」で言えば、稲垣吾郎の演技だけじゃなくて、全体的にこの映画はわざとらしさを感じる。

上記以外にも、例えば、2日目に向坂が台本を捨てて、それに椿が抗議すると、「これはあなたのではありません」という場面。3日目の帰りの廊下で「ほっぺにチューさせてください」と椿が向坂にいう場面等。このあたりにわざとらしさを感じるし、そもそも、椿が向坂にする、台本についての説明が、いかにも「観客に説明している」感があってわざとらしい。「脚本家はこういうことを日々考えているのですよ」「脚本とは、物語とは、こういうものなのですよ」と観客に言わんばかり。そもそも向坂という人物は、ものすごくキャラクター然としていて、とても本物の人間には見えない。あくまでこの映画のストーリーやコメディを機能させるためのキャラクターであって、別にリアリティのある人物(現実にもいそうな人)ではない。

で、別にそれらが悪いわけではなくて、そういう映画なのだから、別に稲垣吾郎の演技を悪く言う意味が僕にはよく分からないのだ。

 

 

喜劇を理解しない向坂に、必死に面白さを説明する椿、という会話の型は面白かった。そもそも「何が面白いのかを説明したら面白くない」という、よく言われる笑いの法則を、あえて椿に実践させて、それを俯瞰することで面白おかしく描く、というアイデアが凄いなー、と感じた。

これは、おかしさの種類でいえば、バラエティ番組ではよくある、「スベって面白い」というヤツの一種なんだろう。それを、スベる人(椿)と、スベらせる人(向坂)をキャラクター化して、ひとつのお話の中で機能させたところが凄いな、と。

こまごまとしたやりとりや、間とか、ちょっとした向坂の指摘、助言なんかも面白い。

 

中盤からは、なかば意地悪で押し付けられる課題を、毎回うまくこなしていく椿に、向坂がだんだん尊敬の気持ちを抱いていき、いわゆるバディムービーと化していくのも、なんだかニヤニヤして見てしまう。

「客は笑いに来ているのだから、笑えればそれでいい」という椿に対して、あくまでも話の整合性や必然性を重んじていて、物語というものに自分なりの意見を持っている向坂。この2人の考えの違いが、この2人の会話が面白く発展していくひとつの要素だろう。

そういう意味で、「しっかりしたストーリー」と「国の規制」という要素を持った向坂と、「笑い」と「アイデア」を持った椿は、お互いが相手の欠点を補い合う、まさにバディとしての関係を築いていく。その上で、できあがる台本が毎回よくなっていくのであれば、やっぱり観ていてワクワクする。

 

向坂が、衣装を着て、演技をしながら台本を書く手伝いをするのは、やはり僕にはわざとらしく感じる。わざとらしいというか、いくらなんでも、という感じ。でも別に面白いからいいと思う。キャラクターがこういう行動をする映画なんだと思って観れば。

6日目には、向坂はズラまでかぶって演技をしている。この場面が、2人の会話をすっ飛ばして、いきなり演技をしている向坂のバストアップから始まるのは上手いな、と思う。もちろんテンポを良くするというのもあるが、それに加えて笑いとしても。

というのは、もちろん向坂の下手な演技は面白いのだけど、僕が一番面白かったのは、演技が終わって、2人が机を戻すところだからだ。机を隅に寄せる、という部分は省いて、逆に部屋の真ん中に戻すところだけ映すことで、2人が台本を読んで、はしゃいで机を隅に寄せる映像が、僕の頭の中で補完される。その補完された映像が面白かったのだ。

 

ということで、面白かったのだけど、クライマックスの30分が僕はあんまり良いと思わなかった。

親近感ゆえ、椿が余計なことを言って、向坂が我に返ってしまうというのは、展開としてはいいと思うんだけど、「笑いのない喜劇を書け」という課題に、「より笑える台本」で返すというのは、どうなんだろうなー。なんか釈然としない。

だって、向坂が椿を尊敬するのは、無理難題を吹っかけても、それを逆手にとってさらに面白い台本を返してくるが故でしょ。なのに、最後にはそれをひっくり返してしまう。

椿自身も、制約の中で戦うのが自分の戦いだと言っておきながら、結局最後は制約を破ってしまう。これだと、なんだかモヤモヤするのは致し方ない気がする。

結局、最後は、「赤紙が届いて、絶望的な気持ちの中で、こんな笑える台本を書いた椿スゲー」という尊敬になってしまっている。これはストーリーの中で、向坂が椿に抱いてきた尊敬とは別の種類の尊敬な訳で、ストーリーの流れとしては、かなりずっこけ感がある。

けど、じゃあ、こうすりゃ良かったという案が特にないので、あんまりゴチャゴチャ言えないけれど・・・。

 

あと、いくらなんでも、最後のお涙頂戴がくど過ぎるでしょ。2人の室内の会話だけで終わっていれば、良かったのになぁ。

もし、大声で「生きて帰って来い」と叫ぶのを、めちゃくちゃ感動的に描きたいなら、例えば、廊下に向坂の、めちゃくちゃ厳しい上司がいるとか(その場合、上司は前もって登場させなければいけないけど)、もしくは、大勢の人がいる街中まで椿を追っかけていって、そこで叫ばせるとかにしないと意味ないでしょ。

つまり、「ホントはそんなこと言っちゃいけないのに!」という感動なんだから。そんなこと言っちゃいけない場所で言わなきゃダメなんだよ。

向坂より地位が下の警備員がいるだけの廊下で叫んだところで、「なんで同じこと言ってんだよ」としか思わないし、「ああ、大きい声で言えば感動すると思ってんのか・・・」と感じる。作り手の見え透いた狙いが見えて逆に興醒めしてしまう。

 

最後の難題を変えるのはムリでも、この最後のシーンは、なんかもっと、気持ちよく、感動的に終わって欲しかったな。でも、全体としては面白かった。