映画『インセプション』アトラクション映画

「ん?」と思うツッコミどころはあったり、どういう仕組みになっているのか理解できないところがあったりしたけど、階層化された夢の中でアクションを行うという舞台設定自体が面白かったし、その上でアクションも迫力があって良かったので、僕としてはもうそれで十分だったな、という気持ちである。

いろいろな解釈があるそうで、ちょっと調べると、夢オチ説とか、実はどこかからは夢だったのではないかとか、いろいろあるようだけど、そこの解釈にあまり意味を感じないというか、フィクション自体夢みたいなものだし、まあ何はどうあっても、この映画の中のストーリーはそうだったんだから、それ以上でも以下でもないように思う。

ということで、僕は一番牧歌的な、作戦は成功し、コブは妻に対する執着を脱し、罪も抹消され子どもたちに会えた、という説(というか基本的な解釈)で観終わった。なのでむしろ、最後のコマは倒してもいいんじゃないか、と思った。だって、全部夢なら、倒れる倒れないの設定だって夢かも知れないんだから、ここで宙ぶらりんにしても意味ないし。

 

この映画、ストーリーが複雑と言えば複雑だし、上記のようにいろいろ解釈できる思わせぶりなところがあるから、そういう意味で玄人好みっぽいというか、じっくり観る人に寄せた映画という捉え方もできると思う。

なのだけど、僕個人的には、この映画はアトラクション映画というか、ストーリーうんぬんはこの舞台設定を見せるための装置であったように感じていて、だからアレコレ解釈する気もないし、逆に細かいツッコミどころに苛立つこともなくて、とにかくアクションシーン凄かったし、設定が面白かったからいいじゃんっていう感想。

 

ストーリーが複雑というか、設定がややこしいのだが、そのわりにドラマはあまり濃くなかった。

コブ以外のキャラクターにはほぼ深さや魅力を感じなかったし、コブの葛藤は、クライマックスで彼の過去を知ると理解できるのだけど、その罪自体がSFなので、自分に引きつけて考えることもできなくて、理解はできるが心動かされはしなかった。

現実的に考えれば、例えば自分が言った一言のせいで、誰かの選択を左右してしまって・・・、というような類似した悩みはあるのかもしれないが、とはいえ、この場合には相手に一応自由意志はあるわけだ。

しかし、コブの苦悩は、自分の行動が相手の潜在意識に直接作用し、相手の人格というか思考パターン自体を強制的に捻ってしまったという罪によるものだから、やっぱり、リアルな世界では、少なくともそうそう経験できることではない。誰かを洗脳しちゃった教祖様とか、親の子どもに対する罪悪感とかであればあり得るのかもしれない。

何にせよ、そういうレベルの問題だから、ちょっと乗りにくい葛藤ではあった。

 

となってくると、あとはひたすら、この意識の階層を旅するバトル作戦が上手くいくかどうか、どうピンチを切り抜けるのか、作戦が狂った時にどう立て直すのか、そういう楽しさを満喫するしかないし、僕は満喫した。

僕が気になったのは、作戦が全体的に行き当たりばったりと言うか、成功が偶然性に左右されすぎている点。そういう意味で、「プロ集団の仕事すげぇ」みたいな感覚は全くなかった。そのせいで、サイトーみたいな有力者がこのメンバーに仕事を頼んだことの説得力は失われていた。

バンが蜂の巣にされても眠っている誰にも弾が当たらないこととか、銃殺された人間がAEDで蘇生するんだろうかとか、そもそも起こす為に爆発を使っているが、起きる前に瓦礫で死んで虚無に落ちる可能性とかを考えるとリスキー過ぎるんじゃないかとか。

というか、キックが成功する原理は三半規管は現実と共有されているからだっていうことになっているけど、それなら、上の階層では無重力で、下の階層では重力があるのはおかしくないか?下の階層の感覚が上に伝播しないのは分かるけど、上のバランス感覚は全部下に共有されるはずじゃないか?それこそがキックの原理なんだから。皆一緒に橋から落ちてるんだから、誰の夢であっても無重力になるんじゃない?

とかツッコんでもしょうがないんだよ。気にしだしたらいろいろ気になるし、でも僕としては、作り手がそこを考えてないわけがないと思うし、だから、僕が何かを見落としているか、作り手がそこはいいやって思った部分なんだろうと思う。

その上で結果面白かったんだから、別にいい。

 

アトラクションとして楽しませてくれた。

無重力格闘も凄かったし、街がサンドされるシーンも凄かった。時間の密度差を使った作戦も面白かった。注文があるとすれば、変にドラマを入り組ませずに、アクション映画として2時間弱くらいでまとめてあった方が個人的には好きになれたかもしれない。